7月の終わり、日本から飛び立った100名余りの留学生はサンフランシスコに到着した。そこからバスでスタンフォード大学まで行き、3日間のオリエンテーションを受ける。

全世界から集まった高校生たちはいずれも個性豊かで活発、英語もペラペラだった。さすがに僕たち日本人は気後れし、隅に固まって不可解な笑みを浮かべながらぼそぼそと内緒話をしている印象だった。

とりわけ雄弁なのはヨーロッパ圏からの留学生たちで、フレンチ訛りやブリティッシュ・アクセントを誇示しているかのようにも思えた。言語構造が同じなのだから喋れて当たり前なのだが、僕は内心悔しかった。日本語を翻訳していては日常会話の状況に対応することはできない。英語で考えようとすればするほど、急に語彙を失って馬鹿になったような錯覚に陥っていたからだ。

“Finished?”
ポットのタブをひねってもコーヒーが出てこなくて首を傾げている僕を見て、ヨーロッパの女の子が歯切れの良いアクセントで訊いて来た。そのあまりのカジュアルさに当惑した僕は、“Yes, it’s empty.” と応えるのが精一杯だった。

そうか、日本語だったら「空っぽだ!」と叫ぶところなのに、empty というのではなく finished と言った方が自然なんだ・・・ 日本語を訳しているようではついていけないと、僕は先行きが不安になった。

留学生たちは間もなく全米各地に散り、初対面のホストファミリーに家族の一員として受け入れられる。地元の高校に編入し、文化交流の大使という役割を担うわけだ。

カルチャーショックやホームシックに備え、オリエンテーションではこれからの1年を有意義に過ごすためのノウハウ伝授や情報交換が行われる。インストラクターの周りを囲んで床に座り、活発に質問や議論を続けるオリエンテーション光景は、制服を着て整然と机を並べ黒板を書き写していた僕の高校の授業風景とは似ても似つかぬものだった。