ボストンの夏は異常に蒸し暑い。汗だくになりながら、大学から紹介されたコンクリートの高層アパートに入居した僕は、この街の独特な雰囲気に少々面食らった。

ちっぽけなコンビニ、うさぎ小屋のようなアパート、妙に凝った(だがまずい)料理、アメリカには存在しないと思っていたゴキブリ、両脇にびっしりと車が駐車した狭い道路・・・ カリフォルニアや中西部のカルチャーになじんでいた僕は、ここはアメリカではない、と感じた。

僕のイメージするアメリカとは、新天地を求めてヨーロッパから移住し、理想の地を築き上げようと、エスタブリッシュメントから逃れながらひたすら西へ移動し続けた、開拓者精神に溢れた異端児たちだ。彼らに似合うのは、広大な土地と恵まれた自然、焼いて塩をかけただけの飾らない食べ物などだ。

ボストンやケンブリッジは、そんな開拓者のイメージとは無縁で、気取ったインテリたちがうようよしているといった感じだった。ヨーロッパの文化が根強く残ってるからだろう。建築様式しかり、食文化しかり、そしてボストン訛りしかり、といったところだ。

指揮者の小澤征爾さんが住んでいるというビーコン・ストリートは、まるでヨーロッパの街そのものだ。

大学の真向かいにあるAu Bon Pain というフランス風カフェ(フランス語で、Place of Good Bread という意味らしい)では、灰皿の有無など無頓着にシガーやタバコの灰を椅子の下に落としながら、毎日チェスに明け暮れる老人や若者でごった返していた。

あれ?アメリカって禁煙大国じゃなかったっけ・・・ そう驚く僕をあざ笑うかのように、そのカフェのテラスには、タバコの吸い殻がそこら中に散らばっていた。

極めつけはボストン訛りの英語で、Rを明確に発音せず単語にアクセントを置かない彼らの平坦な英語は、非常に聞き取り辛かった。

昔、ロンドンの出張で空港からタクシーに乗った際、運転手のスコットランド訛りの英語が全く聞き取れずに苦労した時のことが思い出された。「こんなところで何年暮らしても英語がうまくなるはずがない」とぼやく友人もいた。