ボストンの街並みは、広大なアメリカのイメージとは真逆で、僕は気が滅入ってしまった。そんな気分を高揚させてくれたのが、ハーバードの建築大学院に新設されたデザイン専攻科の修士候補として僕を受け入れてくれた、ウィリアム・ミッチェル教授との出会いだった。

アポイント時刻きっかりに研究室に現れた僕を、彼は満面の笑みで迎えてくれた。僕のこれまでのキャリア、興味のある研究テーマ、将来の進路などについて簡単な質問とディスカッションをした後、とりあえずは最初の学期を基礎コースで固め、「スタジオ」と呼ばれる修羅場科目は後回しにすることで合意した。

あとで分かったことだが、一見柔らかい物腰のミッチェル教授は、極めて demanding な人ということで有名だった。つまり、学生の報告にふむふむと謙虚に耳を傾けて理解を示し、その成果を褒め称えたあと、必ず難関な課題が追加され、それに対する成果を要求する。

アメとムチを使い分けるというより、ムチは使わず、ご褒美のアンパンを食べかけたところを無理やりもぎとって、さらに遠くに投げるという感じだ。

自らも建築家であり、UCLA で教鞭をとっていた彼は、意匠設計におけるデザイン・ルールを論理的に記述した Logic of Architecture という著書で有名になり、数年前にハーバードの大学院に引き抜かれた。アートとサイエンスの双方を理解する数少ない人間で、いわゆる現代版レオナルド・ダ・ビンチだ。

Shape Grammar が彼の研究テーマだった。つまり、建築の根幹を成す「かたち」には、文法が存在する。例えば四角と三角が隣り合わせたとき、何を人間が心地よいと感じ、その理由は何なのか。その文法を解き明かしたとき、機械がデザインを担当することができる、というのが彼の持論だ。これはまさに僕のライフワークだった。

明晰な頭脳と社交性の両面に恵まれた彼はその後、MITメディア・ラボの所長、そしてMIT建築学部の学部長と、出世コースを歩んだ。