6月30日。出発の日だ。

海外に行く時はいつもそうだが、時間ぎりぎりにチェックインするのが僕の悪い癖だ。出国審査の長い列に謝りながら割り込み、航空会社の女性に大声で緊急事態を宣告し、そのままゲートまで一緒に走ることが多い。

途中、トランシーバでゲートの係員まで状況報告をしてくれる彼女たちを見ると、つくづくこの国に生まれて幸せだったと思う。呆れた顔で僕を眺める空港職員を尻目にゲートくぐり、飛行機のドアまで突進する。そしてドアを通過した途端、間に合った!という安堵感が僕の全身を包む。笑顔で迎えてくれるキャビン・アテンダントが、まるで天使のように見える。

自分の席に着いたときには汗だくだが、ビジネスクラスの席は広く快適だ。 Can I take your jacket, sir? なんてくると、急に心はアメリカに飛ぶ。 Oh your tie is so sharp! とか、 I like your shirt! など、お世辞のひと言でも言ってくれた日は最高だ。妙にシャンパンがうまい。さあ、今日はどんなビデオを観ようか・・・

しばらくすると、キャビン・アテンダントが新聞や雑誌を持ってきてくれる。僕は日経新聞を手に取った。日曜日の日経新聞は、アートや趣味の記事が中心だ。ぱらぱらと紙面をめくっていた僕の目に、どこかで見たような写真が飛び込んだ。

そこには、セールに不必要に体重を預け、ウルトラマンのようなウェットスーツに身を包んだウィンドサーファーの姿があった。昨日の自分だ! 直感的にそう感じた僕は、写真のディテールに目を凝らした。確かに、僕のファンボードのメーカーのロゴがしっかりと写っている。見出しには、「週末のマリンスポーツ・・・」とかなんとかある。

そうか、昨日の「パチリ」は、日経新聞のカメラマンだったんだ! これはひどい、肖像権で訴えるぞ、とも思ったが、よく考えると、この写真からは僕を特定できない。パチリだけで他人の価値を盗んで売るカメラマンというのは実に腹立たしい連中だ、などと憤慨してもみたが、もう遅い。

しばらくして、僕は自分が新聞に掲載されたという事実にご満悦となった。日経新聞までもが僕の出発を祝ってくれている、そう思った僕は、アメリカでの期待に胸を膨らませてニンマリとした。

映画が大好きな僕は、機内でビデオばかり観ていた。ビジネスクラスだから、当然パーソナルTVがついている。8チャネルほどあって別々の映画が上映されていたが、問題はほぼ同時に始まり、同時に終わるということだ。西海岸までのフライト時間は短いから、頑張ってもせいぜい3本だ。

ただ、座席ポケットの映画案内を見ると、どれも結構面白そうで、やはり全部観たい。僕は頻繁にチャネルを切り替えながら並行して鑑賞し、朝食が出てくる頃にはほぼ全部の映画を観た気分になった。気が多いというのが僕の欠点のようだ。

睡眠不足でフラフラになりながら、僕は久々のアメリカの大地を踏んだ。