受験勉強においても、英語は全く勉強する必要が無かったので、その時間を他の科目の勉強に充てた。

物理はもともと興味があり、推論で回答できる場合が多かったのであまり苦労しなかった。ところが化学は丸暗記せねばならぬことが多く、苦手だった。学校のテストでも毎回30点程度で、理工系に進もうと考えていた僕には致命傷だった。そこで、化学にターゲットを絞り、猛勉強した。

暗記が苦手と言っても、手始めに「水兵リーベ僕の船、そう曲がるシップス・クラーク」などと周期律表を覚えてみたり、「貸そうかな、まあ当てにするな、ひど過ぎる借金」などとイオン化傾向を覚えてみたりするうちに、見る見る面白くなり、3ヶ月でありとあらゆる難問が解けるようになった。難問集を買ってきては、片っ端から解くのが僕の趣味となった。

基礎の暗記は大変だが、その壁を乗り越えると何でも驚くほど理解が進み、その理解がさらに記憶を確固たるものにしていくというプラスの循環をこの頃から実感するようになり、それが僕の勉強法のベースを築いた。

そうして半年間頑張った受験勉強も終盤を迎え、志望校を決めた。悩んだ末、推薦状がもらえない現実も加味し、東工大と(親には申し訳ないが)私大2校に絞った。東京にあるお坊ちゃん校とバンカラ校と言えば想像がつくだろう。

東工大は、書類選考で落ちてしまった。どんな選考基準があるのかは不明だが、社会科系が苦手だった僕の偏った学力が、いい印象を与えなかったのだろう。

後がないと緊張して挑んだ私大の入試だったが、こちらは両方とも合格した。どちらを選ぶか迷ったが、僕はバンカラ校を選択した。理由は単純で、お坊ちゃん校はこんな試験に落ちるやつがいるのかと思うぐらいフニャフニャの試験問題だったが、バンカラ校は物理の問題に相当手ごたえがあり、優秀なやつが集まっている気がしたからだ。

今振り返ると、この選択は大失敗だった。お坊ちゃん校にしていれば、学生時代を謳歌し、今ごろはウィンドサーフィンなんてやらないで合コンの毎日を満喫していたに違いない。

あとは、すべり止めとして名古屋工業大学の建築学部にも応募していたが、僕の気持ちは既に東京にあり、受験をキャンセルした。思いとどまって受験していれば、興味のあった建築の道に進み、大学は実家から通い、地方で就職・独立など、きっとかなり違った人生を歩んだことだろう。