実際、ダグとそのアシスタントは、登山に関してはかなりの経験があるようだった。

まず、雨に濡れると体温を奪うコットンは決して持参するな、すべてウール素材で固めろという指示が下された。僕は近くの古着屋に行って、ウール素材の衣類を買い集めた。大学生は基本的にお金がないので、キャンパスの周辺には古着屋がたくさんあり、1ドルから5ドルぐらいで何でも手に入った。

次の指示は、登山靴には金を惜しむな、最高級のものを買え、そして出発までに十分に履き慣らしておけ、ということだった。僕は Fabiano というイタリアのメーカーのものを購入した。(後にスキーに行ったときに、この登山靴は盗まれてしまった!)

この登山ツアーは3週間の日程で組まれており、大きく3つの工程に分かれていた。メキシコへの往復に1週間、海抜 3000 メートルでの高度順応に1週間、そして登頂準備と山頂アタックに1週間といった具合だ。

5400メートルにいきなり登頂すると高山病は避けられないので、高度 3000 メートルあたりにベースキャンプを設置し、毎日朝から晩まで周辺のハイキングをすることで身体を高度に順応させる。また、メキシコとはいえ冬山なので、途中から雪と氷の世界だ。登山などしたこともないメンバーが大半なので、アイゼンやピッケルの使い方も訓練した上で、天候が安定したタイミングを狙って慎重に山頂アタックする必要がある。

集まったメンバーはリーダーも含めて9人、女の子も3人含まれている。外国人は僕ひとりだった。そして2週間後、僕たちはメキシコまで60時間のノンストップ・ドライブを開始した。

車のメカに強いメンバーのひとりがワンボックスカーを提供してくれ、運転席と助手席で交代しながら運転を続ける。満タンにしたガソリンが無くなるまで一人がぶっ続けで運転し、ガソリンスタンドで給油をする時に助手席のもうひとりと運転を交代する。

途中で宿に泊まったりキャンプするなどの余裕はなく、残りの7人は後部のスペースで横になって睡眠をとる計画だ。ところが、これが決して快適なものではなかった。

車の後部スペースで、7人が身体を伸ばして眠る、というのは相当な難題だったからだ。7人が横並びになると、肩幅の方が広いため、最後の2人ぐらいは車の後ろからはみ出してしまう。結局、隣どおしで頭と足を交互に配置して眠ることとなった。

これでぎりぎり収まったが、自分の顔の両側に左右の人の足が来るので、慣れるまでは臭くて臭くて眠るどころの騒ぎではなかった。悪臭に満ちた車の後部スペースが宿だったとは、宿泊費がかからないのは当たり前だ! 僕は急に先行きが不安になった。