秋学期(Fall Quarter)の期末試験が終わると、感謝祭を皮切りに1ヶ月半の長い冬休みに入る。雪景色に閉ざされた、ミシガンの長い冬の始まりだ。学生たちは実家に帰って、家族と共に感謝祭とクリスマス休暇を楽しむ。

僕の場合、感謝祭はデーブの実家で過ごすことにしていたが、その後は行く当てが無かった。寮は年が明けるまでクローズされるので、どこか居場所を見つけなければならない。

高校時代のホストファミリーやガールフレンドは新学期前の夏休みでお世話になったし、他に行きたい場所が特にある訳でもない。友人たちは皆実家に帰ってしまうので、どこかに旅行するとしてもひとりぼっちだ。

そんなことをいろいろ考えあぐねていた時、キャンパスの掲示板でおもしろそうな募集案内を見つけた。

メキシコに行って山登りにチャレンジしよう! 3週間、旅費・食費・宿泊費、全部込みで170ドルぽっきり! メンバー募集中!

とある。そんな調子のいい案内に、僕は半信半疑だった。たった170ドルでは旅費にすらならない、どこかにカラクリがあるに違いないと、さっそくツアーの責任者に連絡した。

ダグという名前のツアー・リーダーは、アメリカン・インディアンの血筋を引く3年生だった。長身に端正な顔立ちで、真っ黒な髪をポニーテールに結い、シェイプアップされた筋肉質の身体で、まるで西部劇にでも出てきそうな風貌だった。

ダグによれば、登頂目標はメキシコにあるポポカタペテル(Popocatépetl)という活火山で、海抜5450メートル、傾斜が緩やかであるため、「歩いて登ることができる世界で最も高い山」だそうだ。往復はワンボックスカーによる無休憩の交代運転で、宿泊はすべてテントと寝袋、食事は現地調達の材料で自炊、9人のメンバーを募集中だという。

素人でも参加できるのか、という問いに対しては、「問題ない。自分ともうひとり、経験豊富なスタッフがいるので準備も含めて全面的にサポートする」とのことだった。

彼の鋭い視線と、自信ありげな態度、そして正直な語り口調に安心感を覚え、僕は参加することを決めた。