アルバイトに精を出しながら、僕はキャンパスの掲示板や新聞の広告を毎日のようにチェックした。
そうやって2ヵ月ぐらい過ぎたある日、175ドルの車を新聞の「FOR SALE」広告欄で見つけた。驚くなかれ、今度は憧れの外車だ。しかもフェラーリと同じイタリアのフィアット社のクルマで、850 Sports Coupe というモデルだ。それが175ドルなんて、信じられない!
早速アポイントをとってクルマを見せてもらったところ、その値段に納得した。登録からまだ7年ぐらいしか経っていないが、道路に塩を撒くミシガン州の冬に十数年も耐えた結果、ボディーは穴だらけ、シャーシーは錆だらけの代物だったからだ。
錆に不安を感じた僕はいったん保留にして、クルマに詳しいデクスターに同行を頼んだ。僕の車をNYに置き去りにしてきたあいつだ。試乗してもらった結果、デクスターは「いいんじゃないの?」と軽く言う。僕は彼のコメントを鵜呑みにして、購入を決意した。
購入後によく調べてみると、多くの問題点が見つかった。ドアミラーは片側が欠落し、トランクルームの内部はすぐに底が抜け、荷物を置くことすらできなくなってしまった。
ここまでくると、腹が据わるものだ。近くのホームセンターで買った網とボンドでトランクルームの底を作り、安いドアミラーをビスでボディにねじ止めし、ボディーの穴はパテで補修した。無数のパテの継ぎ目を隠すため、昔のスポーツカーのように派手な黄色のボディを黒のラッカーで塗り分け、ツートンカラーに仕上げるとなかなかカッコ良かった。
スポーツカーっぽいエンジン音が僕のお気に入りだったが、オーバーヒートにはその後も常に悩まされることとなった。ただしそれも、ポリケースに入れた水を常備していればいつも何とかなった。
まったくこんな車が公道を走れることすら不思議だが、何か壊れるとすぐにガソリンスタンドや修理工場に駆け込む日本と比べて、こちらは自給自足の開拓者精神が徹底している。特に車は生活の一部なので、殆どの男性は車のメカに関する基本的な知識と経験を持っており、たいてい自力で対処してしまう。ホームセンターにはありとあらゆるパーツが破格の値段で揃っているのも嬉しい。
異常にピカピカに磨き上げ、バンパーにちょっと触れただけで大声で怒鳴り散らす日本のカーオーナーたちは、車を宝石と勘違いしているのだろうか、まったくどうかしているとしか言いようがない。そもそもバンパーというのは、その名の示すとおり衝撃吸収パーツだ。これを使って他の車を押し出し縦列駐車するなどは、本来の目的に叶った利用法のはずだ。
春学期が終わるまで、この車が僕の自慢の種だった。僕の並外れた(笑)デザイン・センスをいかんなく発揮したツートンカラーのボディは、キャンパスでもひときわ皆の目を引いた。「Great car !!!」などと声をかけられ有頂天になった僕は、感謝祭で親しくなった巻き毛のブロンドの女の子を誘い、近くの湖までのドライブに誘った。
外車のスポーツカーにブロンド美人の彼女を乗せ、降り注ぐ日差しの中をエンジン音も高らかにドライブする・・・ そんな映画の中でしか見たことのないような光景が、ついに自分のものとなったのだ!
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