留学生が7月下旬に渡米するのは、夏休みの8月いっぱいを使って、初対面のホストファミリーと十分な絆を作り上げることができるようにするためだ。

9月に新学期が始まれば、地元の高校で凄まじいばかりのカルチャーショックが待っている。そんな時の精神的よりどころは、やはり身近で話しを聞いてくれる家族、とりわけ同い年で同じ高校に通うホストブラザーやホストシスターだ。

期待に反して、僕はあまり有意義な成果を上げることができなかった。もちろん毎晩ホストファミリーと一緒に食事をするのだが、そこは一家団欒などという暖かくウェットな雰囲気とは無縁で、子供たちは思いつく限りの悪態をつきながら大急ぎで食事を済ませて自分の部屋へ戻っていく。

当然、僕は両親とテーブルに取り残され、週末のパーティーで大人たちに接するのと同じように、日本文化についての質疑応答を強いられた。映画でよく見かけるような笑顔が絶えずジョークを言い合う典型的アメリカン・ファ ミリーを想像していた僕には、ちょっとショックだった。

新しく家族のメンバーに加わった僕には個室の余裕がなく、限りなくオタッキーな雰囲気を漂わせたホストブラザーと個室をシェアすることになった。下の弟や妹と喧嘩ばかりしている彼とは共通の話題がなく、部屋では彼のプライバシーを侵略しているような気がして非常に居心地が悪かったため、食後はリビングで大人たちと過ごす時間が多くなった。

ホストファミリー以外とは、大きく分けて2つのグループに接した。

ひとつ目は、オタク風の僕のホストブラザーが属するいわゆる「テッキー軍団」だ。アマチュア無線(当時はまだパソコンなど無かった!)を趣味とするこのグループは、数人で連れ立って近くのオフ会などに参加する。当然女性は皆無で、いったい何が楽しいのかよく解らないという感じだ。

ただ、その中のひとりのお父さんが近くの湖に大型ヨットを所有しており、そこに1 週間招待された時は家族の暖かみをしみじみと感じた。水上スキーや船上バーベ キューなどは、僕にとって初めての体験だった。

もうひとつのグループは、留学生が到着したと聞きつけて、毎晩僕を誘いに来る不良連中だった。オタク風のホストブラザーとは全くウマが合わなかったが、彼らはとにかく親切で気配りに優れ、僕にもしっかりとガールフレンドまで用意しておいてくれた。

合計6人〜8人ぐらい、夕食後まだ明るいうちに僕を迎えに来て、男女半々で近くの原っぱまで車で行き、日が暮れてから夜まで草原を「散歩」するのだ。途中、三々五々と皆どこかへ散っていき、気がつくと女の子とふたりだけになっている。ところが真っ暗な草原は「キモ試し」をしているようで落ち着かず、せっかく二人っきりになってもそれどころではなかった。

ホストマザーは、毎晩こうして僕を連れ出す悪友たちに強い警戒心を抱いており、学校での評判などをさかんにホストブラザーから聞き出そうとしていたが、機械にしか興味のない彼に悪友たちの信用度などを判断することはできなかった。