とりあえず「押し掛け」でエンジンをかけ、ガソリンスタンドを脱出することはできた。ただ、この先はどうしたらいいのか。

オルタネーターが壊れているのでバッテリーは充電されない。ホテルに到着してエンジンを切ったが最後、再び「押し掛け」のご厄介となる。そのたびに通行人を呼び止めていては申し訳ないと、僕はサンフランシスコの坂道を利用することを思いついた。

ご存知のように、サンフランシスコは坂道だらけだ。坂道に駐車しておけば、サイドブレーキをはずすだけで車は坂道を転がり出すので、適当にスピードが乗ったところでクラッチ・オンすれば、エンジンを始動できる。

ただし、「下り坂」に縦列駐車するのが鉄則だ。間違って「上り坂」に停車してしまうとバックで「押し掛け」をやることになり、さすがに僕も成功させる自信はない。さらに、駐車中にエンストすると後が無いので、縦列駐車には細心の注意を払う必要がある。

サンフランシスコは、この方法で何とかなった。問題はここから先だ。こんなに坂道に恵まれた都市は他にない。ひとりで車を押しながら「押し掛け」する自信はない。思い出深い愛車だが、その役割は終わったようだ。

クルマを捨てるしかないと決断した僕は、いくつかのガソリンスタンドと交渉し、30ドルで若い店員に売りつけた。こんなゴミでも値段がつくのが信じられないが、こういったアバウトなところがアメリカの醍醐味だ。

さあ、これからはクルマに頼ることができない。僕は必要最小限の荷物をバックパックに押し込み、テントと寝袋をフレームに結びつけて、身軽に移動できるよう準備を整えた。