冬休みをメキシコ登山ツアーで過ごした僕は、Harmon Hall というシングル・ルームの寮に入った。トイレ・シャワーは共同であるものの、入口のドアを閉めれば誰にも邪魔されない自分だけの空間がある。このプライバシーのおかげで、これから始まる Winter Quarter(冬学期)は、誰にも遠慮することなく勉強に集中できそうだ。

年が明けて1月になると、五大湖に隣接した中西部のミシガン州は、さすがに寒くなる。キャンパスに積もった雪は、溶けずに残ったままとなり、ビールを冷やそうと窓の外に置いておくと、カチカチに凍ってしまう。

近くの丘を利用した、10回のスキーのコースが発表されたのはそんな頃だった。大学1年の時に一度だけ誘われ、友人から借りた2メートルのスキーに悪戦苦闘した苦い思い出のある僕は、絶好のチャンスだということでさっそく応募した。スキーが初めてという学生たちが10人ぐらい集まった。

このスキー・レッスンは、まさに異次元の体験だった。わずか10回のレッスンで、全くの初心者だったクラス全員の学生が、中程度の斜面を軽やかなウェーデルンで自由自在に滑ることができるようになったのだ。その秘密は、GLMと呼ばれるレッスン方式にあった。GLM とは Graduated Length Method の略で、つまり長さを段階的に増やしていく手法のことだ。

レッスン第一日目、僕たちは全員、45センチのスキーを履かされた。横に一列に並ぶと、インストラクターは、その場で軽くジャンプして方向を変えるよう指示した。それを何度か繰り返し、膝を柔らかく利用した抜重による方向転換のコツを学ぶのだ。

平地で抜重による方向転換ができるようになると、緩やかな斜面に移動し、やはり同じ場所での方向転換を何度も練習する。膝を曲げては伸ばし、スキーの方向を変 えてはまた膝を曲げて・・・の繰り返しだ。 わずか45センチのスキーなので、スケート靴よりも操作は易しい。やがて、誰もがバタバタという音を立てずに、スムーズに方向を変えることができるようになる。

次の課題は、その斜面をゆっくりと、斜めに滑っていくことだ。斜面の端まで行ったら、さっきの要領で方向転換をする。そしてまた逆方向に斜めに滑っていく。最初はそれぞれの動きに連続性がないが、何度も練習していると次第にスムーズになり、いつの間にかパラレル・スキーと同じ動きになっている。これで第一日目は終わり。全員、45センチのスキーを履いて、パラレル・スキーのテクニックをマスターしたということになる。

2回目のレッスンでは、45センチのスキーが90センチになる。その日のゴールは単純だ。第1回目で到達したところまで、今度は90センチのスキーでやってみなさいということだ。いったん45センチのスキーで要領を把握している身体は、たとえスキーが90センチになったとしても迷うことはない。練習を重ねるうちに、いつのまにか何人かは90センチのスキーでもパラレルができるようになっていた。スキルの定着を促すため、3回目も90センチによるレッスンを継続する。

4回目と5回目は120センチのスキーを履いて、90センチのスキーで到達したレベルに達するまで、同じことを練習する。

6回目からは150センチのスキーになり、以降、長さが増えることはない。内股が痛くなるようなカッコ悪い「ボーゲン」などは全く必要ないし、短いスキーでヒラリヒラリと宙を舞うような滑りができるため、5回目ぐらいからは全員、スキーが楽しくてしょうがない、という感じになってくる。あとは細かいテクニックを先生が個別に教えてくれるというわけだ。

この GLM 方式は、スキー技術の習得スピードを数倍に高めるそうだ。留学前に一冬だけスキーにトライし、上級者たちに取り残されて悔しい思いをした僕にとって、たった10回のレッスンで憧れの「ウェーデルン」をマスターできたことは驚きの体験だった。

僕は自分へのご褒美として、スキーを買うことにした。クラスで習得した滑りのスタイルに合わせ、「軽く、しなやか」という特徴を持った K2 というブランドに決め、長さは短めの 180 cm にした。ブーツまでの予算はなかったが、サイズが小さすぎて格安販売していたブーツがたまたま僕の足に合ったので、それも一緒に購入した。

この体験は、その後の僕のスキー人生に多大な影響を与えた。コブコブの急斜面を、ウェーデルンやジャンプターンを駆使しながら舞うように滑り降りるというのが僕のスキースタイルとなり、体育会系の競技スキーとは全く別の道を歩むこととなった。

とりわけ、ギャラリーが多いリフトの真下で華麗なパフォーマンスを誇示しながら滑るのが醍醐味で、リフト上の女の子たちから歓声が聞こえたりすると、僕のアドレナリン分泌は最高潮に達した。